「いつか、ハブられるかも・・・」「嫌われたくない」とかそんな事ばっかり考えてしまいます。どうしてなんでしょうか・・・?また、どうしたらいいのでしょうか・・・。

人間関係はそこそこ上手くいってるはずなんです。友達も少ないけど充実はしています。なのに、「いつか、ハブられるかも・・・」とか「嫌われたくない」とかそんな事ばっかり考えてしまいます。どうしてなんでしょうか・・・?また、どうしたらいいのでしょうか・・・・・・。

今回の質問はこちら↓

人間関係はそこそこ上手くいってるはずなんです。友達も少ないけど充実はしています。なのに、「いつか、ハブられるかも・・・」とか「嫌われたくない」とかそんな事ばっかり考えてしまいます。どうしてなんでしょうか・・・?また、どうしたらいいのでしょうか・・・・・・。

今回回答した内容はこちら↓

自分も含めて、人は無自覚的、自覚的関係なく、何らかの「問い」を持って生きています。それは「前提」とも言葉を置き換えられると思うのですが、その前提でもって物事を見ようとします。

(あ、いや、前提はもっと奥深いものか。「前提」の次に「問い」かな?)

なので、今回質問者さんが言っておられる「いつか、ハブられるかもしれない」「嫌われるかもしれない」(←少し変えています)という風に世界を見ると(世界とつながると)、それを「問い」として、「ハブられる」「嫌われる」要素を友達から探そうと無自覚にしていることになります。

例えば、友達どうしがしゃべっているのを見て、「あれは私の陰口を言っているに違いない」とか、ケータイに誰からも連絡が来ていないのを見て「嫌われているに違いない」という具合にです。

それらは自分にしている「問い」が関係しています。

だから、そのような前提を持つと余計に、「不安が不安を呼ぶ構造」になってしまいます。

なので、グッと気持ちのベクトルの向く先を変えて、「もし嫌われないとしたら?」と自分に問うとどうでしょうか?

その問いが心を占めてくると、嫌われない理由が見えてくると思います。

「嫌われない理由」と言うと消極的なので、「もし好かれるとしたら?」にしましょう。

そして、「もし好かれるとしたら?」とすると世界は少し違って見えてくるのではないでしょうか?

好かれている事実が見えてくるはず。

まずは、「問い」を意識してみてください。

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親子なのに「理解できない」を解決するカウンセラー | 離散家族だったところから両親と再会し、それまでの後悔と疑問が解けた経験から、関係改善までのコミュニケーションプロセスをアドバイスしています / 父とは所在地不明なところから再会しました / NLPマスタープラクティショナー