話を聞くことの影響

「親子関係を修復する」という目的において、「相手の話を聞く」ということはとても大切だと考えています。

相手は「どんな考え方を持っているのか」「何が好き」で「何に興味」があって「どんな人生を生きてきた」のか、そして「その過程でどんな気持ちを味わってきた」のか、そこに「親の家庭環境」や「捉え方」を知るエッセンスが凝縮されています。

相手は親といえども1人の人間。
「親」というだけで、完璧な人を思い浮かべたいと子供心に思いますが、決してそんなことはなく1人の「人」。

だけど血の繋がった人なので「より関心が強い相手」だということができると思います。

親から話を聞くためには、自分も心を開いて話をする必要があるわけで、それには傷つく覚悟も必要になってくると思います。

ここで『7つの習慣』という本で心に残るフレーズを引用します。

共感して聞くことができれば、それ自体が大きな預け入れになるのだ。
相手に心理的な空気を送り込んで、心を深く癒やす力を持つのである。

しかし同時に、共感による傾聴にはリスクもある。
相手の話しを深く聴くには、強い安定性が必要になる。

自分自身が心を開くことによって、相手から影響を受けるからだ。
傷つくこともあるだろう。

それでも相手に影響を与えようと思ったら、自分もその人から影響を受けなくてはならない。それが本当に相手を理解することなのである。

自分の影響の輪にエネルギーを注いでいれば、だんだんと他者を深く理解できるようになる。
相手の正確な情報に基づいて問題の核心を素早くつかめる。

信頼口座の残高を増やし、相手の心に心理的な空気を送り込める。
そうして、一緒に問題を効果的に解決できる。

相手を本当に理解しようと思って聴くから、あなた自身も相手から影響を受ける。
しかし、自分も心を開いて他者から影響を受けるからこそ、他者に影響を与えることもできるのである。

こうしてあなたの影響の輪は広がり、やがて関心の輪の中にあるさまざまなことにまで影響を及ぼすようになっていく。

あなた自身に起こる変化にも注目してほしい。

周りの人たちへの理解が深まるにつれ、その人たちの人間的価値が見え、敬虔な気持ちを抱くようになる。
他者を理解し、その人の魂に触れることは、神聖な場所に足を踏み入れるのと同じなのである。

「影響の輪・関心の輪」に関して

相手の話を聞いて、それがより深層に迫る内容だったら、心がヒリヒリしますよね。

相手を本当に理解することはとても大変なことだと思いますが、理解しようと話を聞いたり、話をしたり、その時間がいわゆる「神聖な場所に足を踏み入れる」ことと同じなのかなと思っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

親子なのに「理解できない」を解決するカウンセラー | 離散家族だったところから両親と再会し、それまでの後悔と疑問が解けた経験から、関係改善までのコミュニケーションプロセスをアドバイスしています / 父とは所在地不明なところから再会しました / NLPマスタープラクティショナー