Facebook創業者 マークザッカーバーグに見る親子関係の影響

マークザッカーバーグ
出典:https://is.gd/abvv1X

(※出典:https://is.gd/abvv1X

今回はFacebookの創業者である、マークザッカーバーグの「親子関係に見る飛躍」について、ストーリーを混じえながら解説していきます。

この記事を見ることで、「親子関係と人生の飛躍」「人とのつながりが幸せをもたらす」ということについて理解できますので、最後までご覧ください。

FacebookといえばSNSの代表格として知られていますが、利用者は全世界で24.1億人、日本国内で2800万人を超えています。

国内で見るとFacebookは、InstagramTwitterLINEなど他のSNSに劣りますが、世界的に見るとシェアはNo. 1です(2019年7月現在)。

日本のSNS月間アクティブユーザー数

日本のSNS月間アクティブユーザー数

世界のSNS月間アクティブユーザー数

(出典:https://is.gd/Bhu0ry

その影響力をオバマ元アメリカ大統領は「情報ネットワークに革命をもたらし、人と人とのつながりを変えた」と表現していました。
そんなFacebookですが、マークが19歳、大学生の時に作られました。

マークは両親から「プリンス(王子)」と呼ばれるほど溺愛されており、特にお父さんに関して、マークをかわいがっていたようです。

ですが、やりたいことに関しては、はっきりとした基準がありました。それは「周りがやっているからではなく、本人がやりたいかどうか」ということです。

この基準に合わせてマークが「友達がやっているからバスケットをやりたい」と言った時は、「周りがやっているからやりたいなら、ダメだ」と言い、「強くなりたいからフェンシングをやりたい」と言った時は、すぐに道着など必要なものを買い与えたといいます。

お父さんはマークの本気度を厳しく見極めていました。彼が本気の時は惜しみなく投資し、その成長を見るのが父の楽しみだったようです。

また父は1980年代当時、まだ一般には普及していなかったパソコンを町で一番に購入した人物でした。

その口癖は「コンピューターは世界を変える」と言って、どんなに不便でもパソコンを使い続けていました。そんな無限の可能性を信じる父の背中を、マークはすぐ側で見続けていました。

すると今度は、マークの方がコンピューターに夢中になりました。

ご飯の時間になっても「今いいところだから」と言って、お父さんよりも使いこなしていたわけです。そこで父は、ある作戦に出ました。

まだ12歳だったマークにパソコンの専門家を家庭教師として雇ったのです。そしてマークに課題を課しました。

「何か他の人に役立つソフトを作ってみるんだ」

マークはソフト開発に夢中になりました。

そして初めてつくったのが「ザックネット」と呼ばれる、患者と父をつなぐもので、それは歯科医師である父のために作ったソフトでした。

受付で名前を入力すると、診察室にいる父に知らせるというものです。そしてその1年後、家庭教師からこう言われるまでになりました。

「もう私が教えられることはありません」

その頃からマークの才能は輝き始めていたのです。

その後高校に進学し、ますますコンピューターにのめり込んで優秀な成績を修めていました。それどころか、学校での勉強に物足りなさを感じていたようです。

そんなある日、父に相談を持ちかけます。

「僕、学校やめていい?」

心配した父はマークに「何か嫌なことでもあるのか?」と問いかけます。

「学校での勉強はクリアしたし、これ以上行っても意味がないかなと思って」

それに対して父はこう一喝します。

「違う、それは違うぞ。学校っていうのは人生で一番大切なことを学ぶ場所だ。それは勉強なんかじゃない。人と人とのつながりなんだ。どんなに優秀な人でも、それをなくした人は幸せにはなれない。」

その言葉を聞いて、さらに優秀な高校へ転学し、そこでもより画期的なソフトを開発します。それが「シナプスメディアプレイヤー」と呼ばれるものです。

ユーザーが好む音楽をコンピューターが学習して、その好みに合わせて曲を再生してくれるというものです。そのソフトをマークは、インターネットで公開しました。

すると公開から数日で何千人ものユーザーが使い始め、それだけでは留まらず、ある大企業から「シナプス」を買い取りたいという連絡が来ます。

それがなんとマイクロソフトでした。

世間で名前も知られていない、いち高校生の開発ソフトに大企業が注目しました。その提示価格はなんと日本円にして、一億円。

マークはその連絡にすぐ返答しました。

「シナプスを評価していただき、光栄です。あのソフトは誰にも役立つものとして僕が開発したものです。ですが、お金を稼ぐために作ったものではありません。ですから、売るつもりはありません」

あろうことか、一億円で販売してほしいというマイクロソフトの交渉を断ったのです。

「コンピューターは人に役立つための道具である」

父の教えがマークの心に残っていました。

その後ハーバード大学に進学、学生寮に入ったマークはあるとき、友人から相談を持ちかけられます。

「成績トップの彼がとってる講義どれか分かる?あいつに負けたくないんだ」

ここでもマークはひらめきました。そのときにできたのがFacebookの原型になる、「コースマッチ」というソフトです。それは誰がどの講義を取っているのかが分かるもので、授業の内容を話題にするのにもってこいのサービスでした。

学生同士で、授業内容が会話のきっかけになっているところを見て、マークは「人と人とのつながりの大切さ」を実感します。

それは父の教えそのものでした。

「コンピューターには無限の可能性がある」
「大切なのは人と人とのつながりである」

その教えをここでも深く実感するわけです。

それからさらにソフト作りに夢中になりました。200424日、そうしてできたのがFacebookです。その公開した文書にはこう記されています

「ハーバード大学の皆さんのために、フェイスブックをオープンしました。ネットワークで皆さんを結びつける、オンラインサービスです」

最初はハーバード大学内限定で始まり、3週間後には6000人の登録者になりました。また他の大学からも「うちでも使いたい」と問い合わせが殺到し、その利用を拡大します。

そしてFacebook社を設立。大企業に成長させます。

大成功を収めたマークは父へFacebook社の株、価値にして約数十億円の株を父に渡します。

しかし「父さんはお金儲けのためにお前を育てたわけじゃない、一番嬉しいのはお前の成長だ」と言って受け取りを拒否しました。

後にマークのお父さんはこう語っています。

「わたしは子供を育てる特別なスキルなんか持っていません。ただ、いつも息子を信じていました。強制的にならないよう、子供が得意なのは何なのかを認識し、花が開くサポートをしていただけなのです」

以上、マークザッカーバーグの「親子関係に見る人生の飛躍」についてでした。

マークと父とのやりとりが、彼の人生に大きな影響をもたらしており、「人と人とのつながりが人生に幸福をもたらす」という父の教えから、様々な人生の物語が展開していったことが分かります。

これは親子関係があったからこそ生み出されたものではないでしょうか?

今回は「親子関係に見る人生の飛躍」についてお伝えしました。

※この記事は以下を参考にさせていただきました。
出典:https://stage.st/articles/odKSz

ABOUTこの記事をかいた人

親子なのに「理解できない」を解決するカウンセラー | 離散家族だったところから両親と再会し、それまでの後悔と疑問が解けた経験から、関係改善までのコミュニケーションプロセスをアドバイスしています / 父とは所在地不明なところから再会しました / NLPマスタープラクティショナー